トゥンバオ天国

1999年の1月から1年間、月刊「ジャズライフ』誌に連載されたものを一部手直しして掲載しています。

(4月号)島国は硬派か?

サルサやラテンジャズのリズムのベースとなる演奏パターンことを「トゥンバオ」と呼んでいますが、その正体がシンコペーションつまり弱拍、弱部の組み合わせにある、というところまでが前回までのお話でした。よく、知り合いのミュージシャン(サルサ以外の)からサルサのベースパターンを教えてくれとか、サルサのピアノはどうなってんだ?などと質問を受けたりしますが、正直言って、答えに困ってしまいます。何故かというと、決まったパターンと言うのが無いからです。例えば、フュージョンのベースパターン教えて?と言っても「これがフュージョンです」とは言えないのと同じで、サルサにおいても楽曲やプレーヤーによってフレーズやパターンも様々だし、次々に新しいものが生まれているので一概に「これがサルサだ」とは言えません。しかし、どんな曲であってもその曲がサルサなら、間違いなくベース、ピアノ、その他のリズムセクションのどれか(あるいは全部)がトゥンバオを演奏していると言うことだけは確実に言えます。 サルサでもラテンジャズでもリズムの基本はもちろん「トゥンバオ」ですが、両者の間には若干の考え方の違いがあります。ラテンジャズについては後日解説するとして、今日はサルサのトゥンバオについて考察してみたいと思います。

1970年代に生まれたサルサですが、最近では多種多様化して、とても一つのジャンルではくくれなくなっています。またサルサと呼ばれるものには、大きく分けて3つの流れがあります。一つはニューヨークを中心に流行っているもの、2つ目はプエルトリコのサルサ、そして3つ目はキューバのサルサです。スタイルの違いこそありますが、この3つには「聴衆を踊らせる」という共通の目的があります。もちろん踊りにもいろいろなスタイルや流派があるのですが、踊るための音楽であると言う点で、ラテンジャズとは明らかにコンセプトが異なります。中でもサルサ発生当時の形を比較的硬派にまもり続けているのがプエルトリコです。 島国と言うこともありますが、ニューヨークの様に違う人種や違うジャンルの音楽の影響を受けにくい(受けたくない?)と言う理由があるのかもしれません。島国と言う点ではキューバも同じですが、キューバの場合、国の体制(共産国) の特質上、外国からの情報がきわめて少ないが故に、逆に海外の音楽の情報に対して異常に感心を示します。そして、興味を引かれるものがあれば、それらをどんどん自分たちの音楽に取り入れようとします。ラップとトゥンバオ、ヒップホップとトゥンバオの融合などと言うことが、かなり以前から当たり前のように行われてきました。結果的にプエルトリコのサルサとは違う性質のものが主流になっているのです。

今回は硬派なプエルトリコサルサのベースの トゥンバオを考察してみましょう。譜例ー1はプエルトリコで30年以上も活動を続けている「エル.グラン.コンボ」の曲のトゥンバオです。もちろんトゥンバオの基本はシンコペーションですから、どこがシンコペーションしているのかをよく見てみましょう。共通しているのは、どの小節でも2拍目の裏の8分音符と4拍目がシンコペーションになっています。音の使い方は2拍目の裏がコードのルートもしくは5度4拍目が次の小節のコードのルートを弾いています。4拍目で次のコードを弾くというのが、サルサベースのトゥンバオの基本の1つですが、これを1曲弾き続けるのは結構大変です。実際の曲の中では、2拍目裏のシンコペーションをやらない部分や4拍目ではなく4拍目の裏で次のコードに移る場合もあります。これは演奏者のクセや感性もありますが一番影響力があるのが曲のアレンジです。

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サルサの場合、リズムセクションの他に歌、コーラス、ブラスセクションなどが入り、かな大人数になるので、比較的きちんとアレンジされている場合が多いのです。トゥンバオの基本をふまえつつ、ブラスやコーラスのリズムにシンクロさせたり、歌にからんで遊んでみたりしているわけです。いずれにしても、最初は基本に忠実に譜面のパターンを練習してみましょう。もちろんメトロノームを使うのを忘れずに。来月は、このベースのトゥンバオにピアノのトゥンバオを重ねてみたいと思います。ではまた!

(5月号)「反復」は力なり

さて、先月のベースのトゥンバオはうまく弾けましたか?今月は、ベースラインの上にピアノのトゥンバオを重ねてみましょう(譜例ー1)。はじめにベースのトゥンバオの補足説明をしたいと思います。ベースのシンコペーションの位置は、基本的に2拍目の裏の8分音符と4拍目です。そして4拍目に次のコードを弾く、というのは先月説明しましたが、1小節に2つのコードがある場合(譜例の7小節目、8小節目)は、2拍目の裏のシンコペーションの時に次のコードに移ります。この曲では一貫してこの法則は守られていますが、よくあるバリエーションとしては2拍目の裏のシンコペーションをやめて、ちょうど真ん中でコードを分ける場合や、4拍目の頭で次の小節にシンコペーションしているのを、4拍目の裏のシンコペーションにする場合などがあります。この曲では出てきませんが、あえてやるとしたらこうなると言うパターンを考えてみたので、比較してみて下さい。(譜例ー2)

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両方を弾き比べるとわかると思いますが、シンコペーションの位置がほんの8分音符ずれるだけで、だいぶ印象が変わります。どこでシンコペーションさせるかさ(せないか)は曲全体の要素(歌やブラスセクションのメロディライン、リズムパターン、ピアノのトゥンバオパターンなど)をふまえて、一番効果的なものを選択します。実際にはこれに音程が加わりますから、選択しうるトゥンバオパターンは無限にあると言うことになります。このことはピアノのトゥンバオについてもそのまま当てはまります。ただ統計的に見るとピアノのトゥンバオは譜例のように、各小節の4拍目裏で次の小節にシンコペーションする場合が多いと言えます。ベースが4拍目、ピアノが4拍目の裏でシンコペーションすると言うのが、よくあるトゥンバオのパターンです。

普通のポピュラー音楽の構成は、イントロ、Aメロ、Bメロ、サビなどの組み合わせでできていますが、サルサにはその他に「モントゥーノ」という特殊なセクションが存在します。譜例ー1の様に8小節(時には4小節)の進行を繰り返し演奏しながら、どんどん盛り上がって行く部分で、普通はコーラス(サルサではコロと言う)とボーカル(カンタ)が交互に出てきます。このコロとカンタのかけ合いが延々と繰り返されるのですが、 驚くべきことにこのカンタのパートは歌詞もメロディーも即興、つまりアドリブなのです。CDなんかは別 ですが、ライブでは踊りにきている女に子をネタにしたりしながら、つぎつぎにアドリブで観客を盛り上げていきます。ついでに言うと、サルサではこのように即興で歌詞とメロディーを作りながら唄えるボーカルのことを「ソネーロ」と言います。キューバでは「ソネーロ」でなくてはボーカリストとして認めてもらえません。キューバのバンドのボーカルは、ほぼ全員「ソネーロ」と言ってもいいでしょう。それでも最近の若い世代のボーカル(プエルトリコ、ニューヨーク問わず)の中には決まった歌詞、メロディーしか唄えない人もいるみたいです。盛り上がればどっちでもいいんですけどね。

いずれにしても、このコロ、カンタが繰り返される「モントゥーノ」のパートは、サルサにおいて最も重要かつ盛り上がる部分ですから、モントゥーノにどのようなメロディー、コード、トゥンバオパターンを持ってくるか、というのがその曲の作曲者、アレンジャー、プレーヤーの腕の見せ所になるわけです。次回はこのモントゥーノにおけるトゥンバオのアプローチについて考察してみたいと思います。お楽しみに!

(6月号)地獄の沙汰も「コロ」次第  

早いもので、この連載もあっと言う間に6回目を迎え、折り返し地点に来てしまいました。サルサやラテンジャズに興味がある方だけでなく、今まで聴いたこともないと言う方にも楽しんでもらえるように書いてきたつもりですが、わかりやすく書くことの難しさを痛感する今日この頃です。

さて、今日のテーマはモントゥーノにおけるトゥンバオのアプローチです。簡単に用語の説明をしますが、モントゥーノとはサルサの楽曲の中でコーラスとリードボーカルのアドリブが延々と繰り返されるセクションのことで、とにかく一番盛り上がる部分のことを言います。そして、トゥンバオと言うのはサルサやラテンジャズのリズムの基礎となる、ベースやピアノのパターンのことです。(詳しくは1~5月号を参照して下さい)ほとんどのモントゥーノは、4小節または8小節のパターンを繰り返します。8小節進行の場合の多くは、前半4小節がコーラス(コロと言う)で後半4小節がボーカルのアドリブパート(カンタ)と言う構成になっています。コロ、カンタが逆の時もあります。 当然4小節進行の時は2小節ずつと言うことになります。モントゥーノの中で一番存在感があるのは、コロのメロディーラインと歌詞です。モントゥーノを生かすも殺すもコロ次第、といっても過言ではありません。キャチーなコロが作れればその曲はもらったも同然です。

例えばある8小節進行のコードとコロが決まった とします。そこでみなさんでベースのトゥンバオを作ってみましょう。譜例ー1は僕のバンド「グルーポチェベレ」のセカンドアルバム<チェベレ・ケ・チェベレ>の中の3曲目のモントゥーノ部分です。ここに載っているピアノとベースのトゥンバオは、実際に曲の中で僕らが演奏しているオリジナルです。残念ながらコロとリズムパターンは載せられないので、CDを参考にして下さい。まず、ピアノパートを打ち込むか誰かに弾いてもらって、そこにベースパートを重ねてみましょう。譜面づらからもわかりますが、かなり細切れなフレーズといった印象を持つと思います。 サルサベース特有のシンコペーションの連続というイメージとはちょっと違うかも知れませんが、この場合ピアノが明確にシンコペーションを貫いているので全体としてのトゥンバオ感は保たれているわけです。ただし、ベースが完全なトゥンバオを弾く場合よりはトゥンバオ感が薄れているというのも事実です。 そこで、実際に曲の中ではやっていませんが、もしベースがトゥンバオの基本的なシンコペーションを忠実に守ったベースラインを弾くとしたらどうなるか、と言うのを譜例ー2にしてみました。

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ベースのトゥンバオの基本形を作るためにはまず、小節内の2拍目裏の8分音符をシンコペーションさせます。つまり本来3拍目で弾けば落ち着くはずの音をわざと8分音符前から弾いてしまうわけです。次に本来次の小節で弾かれるべきコードトーンを前の小節から弾き始めます。譜例では4分音符前 から弾いています。これらのシンコペーションを繰り返すことでトゥンバオの効果(どこまでも続いていくような躍動感)が作り出されるのです。そこで、すべての小節で2拍目裏と4拍目をシンコペーションさせたフレーズを考えてみました。さて、このベースのトゥンバオを先ほどの譜例ー1のピアノと一緒に弾いてみて下さい。最初のパターンの時とかなり全体の感じが違うと思います。おそらく曲全体がどんどん前に行くような印象を受けると思います。この終わりのない様なシンコペーションの連続こそがサルサの醍醐味でもあるわけですが、逆に言えばベースのトゥンバオを変えることで曲全体の印象を変えることができると言えるわけです。(もちろんピアノやパーカッションでも同じことが言えます)その曲にはどんなトゥンバオが一番効果的かを考えながら、いろいろ試してみて下さい。次回も引き続きモントゥーノのトゥンバオを考察してみたいと思います。ではまた。

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