トゥンバオ天国

1999年の1月から1年間、月刊「ジャズライフ』誌に連載されたものを一部手直しして掲載しています。

(1月号)「トゥンバオとはなんぞや?」

ジャズライフの読者のみなさん、こんにちは。今月から1年間、このコーナーを担当する事になりました、グルーポ・チェベレのベーシスト、伊藤寛康です。
今回から始まるこの新コーナー「トゥンバオ天国」では、ラテンジャズやサルサなどのリズムの基礎をつくっている「トゥンバオ」という概念について、分かりやすく解説し、日頃からラテン ジャズやサルサに興味をもって聴いている(演奏している?)方々だけでなく「そんなモノ全然興味なし」という方々にも、楽しんでいただけるようなバラエティに富んだ内容にしたいと思っています。

さて、第1回目の今日は「トゥンバオとはなんぞや?」という事について書いてみたいと思います。ラテン音楽に欠かすことのできないパーカッションの一つに「コンガ」と言うのがありますが、このコンガ本来は大きさの異なる3本がひと組で、音程の高い方からそれぞれキント、コンガ、トゥンバといいます。(写真1)トゥンバオという言葉はこのトゥンバに由来します。言葉の意味としては「リズムの根底を支えるモノ」というくらいに理解しておいていただければいいと思います。簡単に言えば、ラテン音楽(特にサルサ、ラテンジャズ)らしさを出すための特徴的なパターン(奏法)のことを「トゥンバオ」と言いいます。例えば、みなさんがCDやFMを聴いていて、「この曲はサルサだ」とか「この曲はラテンっぽい」と感じる様な場合、その曲のリズムセクション(ドラム、パーカッション、ピアノ、ベースなど*1)のうちどれか、または全部が、かならずトゥンバオのパターンを演奏していると言っていいでしょう。

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譜ー1を見てみましょう。これは、サルサでよく演奏されるきわめて典型的なピアノとベースのパターンです。このようなパターンのことをトゥンバオと言ます。 どこかで聴いたことがある、と思う人も少なくないはずです。サルサの一番盛り上がる部分で、コーラスとリードボーカルのかけ合いがくり返されるところ、いわゆる「サビ」のことを「モントゥーノ」と言いますが、このモントゥーノのところでピアノやベースが演奏しているパターンが典型的なトゥンバオです。そして、なぜこのようなパターンがサルサっぽく聞こえるのかというのが、この連載の最大のテーマでもあるわけです。

トゥンバオと言うのは、ある一つの決まったパターンやフレーズの事を意味する言葉ではなく、曲のスピード、コード進行、 編成、アレンジ等によって様々なかたちに姿を変えて演奏されます。また、ピアノのトゥンバオ、ベースのトゥンバオというように、楽器ごとにそれぞれ無数のトゥンバオのパターンが存在しています。本来ならば、すべての楽器のトゥンバオについて解説したいのですが、紙面にも限りがあるので、この連載では主にベースのトゥンバオを中心に書いていきたいと思います。

実際に曲を演奏するときに、数あるトゥンバオの中から、どのパターンを選択して演奏するかというのは、ほとんどの場合、演奏者の感性(個性)にゆだねられています。ただしこれは、 演奏するものがサルサなのか、ラテンジャズなのかによってかなり違ってきます。一見同じようにも見え(聴こえ)ますが、サルサとラテンジャズでは、トゥンバオの奏法に対する考え方に明確な違いがあるからです。このサルサとラテンジャズの考え方の違いについては、次回以降に改めて書きたいと思います。概して言えることは、その曲がよほどきちんとアレンジされていて、意図的にパターンやフレーズが指定されているような場合をのぞいては、それぞれのプレーヤーが、その場で好きなように演奏していると言ってもいいでしょう。実際に、ニューヨークやプエルトリコキューバなどでベーシストやピアニストの譜面を見る機会が何度となくありましたが、ほとんどの場合コード進行しか書いてありませんでした。とは言うものの、彼等の頭の中には数限りないトゥンバオのフレーズが詰まっていて、その場その場で一番ふさわしいトゥンバオを、瞬時に呼び出せるだけの技術と経験が備わっていると言うことが大前提ですが...。さて、そのトゥンバオの仕組みを解明すべく、いろいろな角度から分析して行きたいと思いますが、今回はこの辺でお別れです。また来月お会いしましょう!

*1...トゥンバオのパターンは非常にキャラクターが強く、リズムに対する影響力が大きいので、他のジャンルの音楽にくらべて、サルサにおけるピアノは(時にはギターも)リズム楽器としての役割がかなり大きいと言えます。

(2月号)「トゥンバオの素」

前回から始まったこのコーナーでは、サルサやラテンジャズのリズムの重要な構成要素の一つである「トゥンバオ」についてお話ししていますが、いよいよ今回からその正体を解明すべく、より具体的な話に 進んで行きたいと思います。

ラテン(サルサ、ラテンジャズ)に登場する代表的なリズム楽器にはベース、ピアノの他にコンガ、ボンゴ、ティンバレスなどがありますが、特にサルサで演奏されるリズムパターンは、比較的決まったパターンの繰り返しという場合が多いと言えます。そして、それぞれの楽器が演奏しているリズムパターンは、ほとんどの場合8分音符を基調としています。つまり、4分の4拍子で考えた場合、1小節には8分音符が8 個入るわけですが、それぞれの楽器のパターンを譜面にしてみると、各楽器の音が出るポイント(であればベース指が弦をはじく時、コンガなら手のひらで皮をひっぱたく時)は、8個の8分音符のいづれかの位置と一致するということです。

譜例ー1は、トゥンバオの神様と呼ばれている「カチャオ」が、95年のグラミー賞のラテン トロピカル部門を受賞したアルバム「MASTER SESSION VOLUME 1」(プロデューサーはなんとあの有名な映画 俳優のアンディガルシアなのだ)の中で演奏しているベースのトゥンバオとピアノのトゥンバオの1フレーズです。 ちなみに余談ですが、この年のグラミー賞のラテントロピカル部門には、デラルスもノミネートされていたのでカチャオとはライバルだったわけですが、さすがに神様にはかないませんでした。ぼくとしては、受賞式に出られたことと、その夜に行われたカチャオのスーパーセッション(ティンバレスにオレステス.ビラトー、コンガにフランシスコ.アグアベージャ、そしてボンゴにアンディ.ガルシアというとんでもない組み合わせ)が見られたことが何よりの収穫でした..。 そんなカチャオのトゥンバオは、サルサやキューバンコンテンポラリーがどんどん複雑に なっていく近頃の傾向の中で、あくまでもトラディショナルなスタイルをくずさず、しかも今のサルサやラテン音楽に、ただならぬ影響を与えるような新たなトゥンバオのパターンを次々に作り出していると言う点において、まさにトゥンバオのバイブルと言っても過言では無いでしょう。 今回はそんな中で比較的分かりやすいフレーズを選んでみましたので、実際に演奏するか、シーケンサー等で打ち込んでみてください。また、譜面の上に8分音符のガイドをつけてみましたので、ベースとピアノのそれぞれの音符がどこの位置にくるかを確かめてみてください。実際に演奏する場合は、メトロノーム等で8分音符を鳴らしながら演奏してみると分かりやすいと思います。

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さて、それぞれの音符の位置関係は理解していただけたと思いますが、問題はどうしてこのようなパターンが「ラテン」に聴こえるか、ということです。8分音符を基調としている点では、ロックや8ビートのポップスと同類になるわけですが、サルサとロックでは誰が聴いてもそのジャンルの違いを認識できるはずです。そこで、この2つのジャンルを比較することによって、トゥンバオの秘密を解明してみたいと思います。 譜例ー2を見てください。使用する楽器はドラム(ハイハット、スネア、バスドラ)のみです。これも比較しやすいように、8分音符のガイドをつけたのでそれぞれの位置関係をくらべてみてください。両方とも同じテンポ、同じ楽器で演奏しているにも関わらず、一方は8ビートそしてもう一方はラテンに聴こえるはずです。1、2、3、4というようにカウントを声に出しながら演奏してみてください。8ビートの方はカウントの位置(オンビート)にスネア、バスドラなどの特徴音が来るのに対して、サルサの方はカウントが無い位置(オフビート)に来る割合が多いのが分かります。また、人間の耳は慣習的に、ベースやバスドラなどのサウンドの基礎となる低音部が、常に小節の頭(1拍目)に鳴ることを期待していますが、サルサの場合低音部が2拍目の裏と4拍目に来ています。2拍目の裏で鳴ることによりオンビートという期待が裏切られ、4拍目で鳴ることにより、あたかも次の小節の頭が1拍前にずれた様に聴こえます。 勘のいい方は分かったと思いますが、期待するオンビート、小節頭を裏切る奏法つまり「シンコペーション」こそがトゥンバオの秘密であると言えます。さて、次回はこの「シンコペーション」のお話からしてみたいと思います。それでは、また!

(3月号)「<弱い>は<強い>のはじまり」

さて、前回は「シンコペーションこそトゥンバオの秘密である」という話をしたところでちょうど終わってしまいましたので、今回はその続きからお話ししてみたいと思います。ものの本によれば「シンコペーションとは、弱拍または弱部を強調することにより、聴感上の意外感を与える奏法」という説明がなされておりますが、これを聞いて「なるほど、そう言うことか」と理解できてしまう人は、かなりのつわものと言えます。さすがにこの説明だけではなかなか理解しがたいものがあるので、もう少し違う説明をしてみたいと思います。

「シンコペーション」を理解するにはまず「強拍」と「弱拍」という考え方を理解する必要があります。言葉で言うとわかりにくいのですが、簡単な実験をしてみましょう。譜例ー1は有名な「炭坑節」のメロディーを4分の4拍子で譜面にしてみました。みなさんはこのメロディーを唄いながら手拍子を打ってください。つまりみなさんがリズムセクションになるわけです。ただし、はじめは1小節に1回だけしかたたきません。つまりこの譜面 だと4回しかたたけません。また、はじめの小節とあとの小節でたたく場所を変えないでください。とにかく自分が「ここだ」と思う1発だけを打ってください。ワン、ツー、スリー、フォーとカウントを言ってから始めてください。おそらく、ほとんどの人が小節の頭に手拍子を入れていると思います。小節頭が一番落ちつくポイントなのであたりまえですが、ためしに2拍目や4拍目だけをたたきながら唄ってみてください(間にもみ手なんかも入れながら)。ちょっと変な感じに聴こえませんか?4拍目だけで気持ちよく感じる人は、トゥンバオの達人!?になれる要素を持っていると言えます。

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つぎに、小節頭ともう1箇所手拍子を入れるとすれば、どこにはいるでしょうか?まず例外無く3拍 目でしょう。これも他の拍で試してみれば分かると思いますが、1拍目と4拍目をたたきながら唄うとなんだか違う ジャンルの曲のようにも聴こえてきます。これは、今まで自分がどんなジャンルの音楽を聴いてきたかにもよりますが、おおよそ西洋音楽の影響を少なからず受けている我々にとって、小節内(4分の4拍子の場合)の1拍目と3拍 目は安心して手拍子を打てる場所なのです。そこで、この1拍目と3拍目のことを「強拍」というのです。そして、それ以外の2拍目と4拍目のことを「弱拍」と呼んでいます。「弱拍」と言っても、本当に弱く演奏するという意味 ではなくて「強拍」よりも安心感が弱いというふうに考えればいいと思います。

基本的なことを言うと4分の4拍 子とは、4分音符が4拍で1小節になるということですから、1拍には4分音符の長さが与えられています。ということは 1拍を8分音符2つにも16分音符4つにも置き換えることができます。例えば、1拍を8分音符2つにした場合、それぞれの拍のはじめの8分音符をたたきながら「炭坑節」を唄ってみましょう。 全部拍の頭ですから実 に簡単です。つぎに各拍の2つ目の8分音符(裏拍)だけをたたきながら唄ってみてください。歌が「はねて」きこえたり、速さが変わったりしませんか?実に不安定になりやすい音符だと言うことが分かります。そこで1拍をいく つかの音符に置き換えたときのはじめの音符の場所を「強部」これ以外の場所を「弱部」といいます。これも実際の演奏が強いとか弱いのではなく、安定感が強いか弱いかということです。

慣習的に私たちは、安定感を得るた めに小節や拍の頭にリズムのアクセントが来ること を期待しています。つまり、弱拍や弱部にアクセントがくると 言うことは、その期待を裏切り、ある種の「意外感」「不安感」を与えられることになります。そしてこの「意外 感」を作り出すためにわざと弱拍や弱部を強調することを「シンコペーション」というのです。そして、ラテンに おけるトゥンバオとは「連続するシンコペーションの組み合わせ」と定義できます。譜例ー2はキューバの人気グループ「ロス・バンバン」の曲です。シンコペーションの使い方が絶妙なので載せてみました。参考にしてみ てください。それでは、次回をお楽しみに!

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