トゥンバオ天国

1999年の1月から1年間、月刊「ジャズライフ』誌に連載されたものを一部手直しして掲載しています。

(10月号)ジャズなラテンーその2ー

みなさんこんにちは。今回は前回に引き続き、ラテンジャズのトゥンバオについて考察してみましょう。前回お話しした、サルサとラテンジャズの根本的な違いについて、少し補足説明をしてから本題に入ります。サルサといわれている曲のテンポは、ほとんどが4分音符で約180くらいです。多少の違いはあっても、まず前後10は変わりません。これはサルサがダンスミュージックとして成り立つための絶対条件であると言えます。これより早すぎても遅すぎても踊りにくいのです。特にペアダンスを踊る人たちにとっては「踊れなければサルサじゃない」という傾向があり、極端にスピードの違う曲は嫌われてしまいます。ちなみに、ここで言うサルサとは、おもにN.Y.やプエルトリコで聴かれているものです。キューバのサルサはスピードもスタイルもまちまちで、とても一つのジャンルとして見る事ができないので、とりあえず除外しておきます。(ちなみにキューバでは自分たちの音楽をサルサとは呼んでいません。)この辺の話は別の機会にするとして、サルサがダンスと表裏一体の関係にあるということは、演奏者の側からすれば、いかに踊りやすいトゥンバオを弾くか、と言うことが重要になります。特にモントゥーノセクションではピアノ、ベースのトゥンバオはかなり計算されたアレンジになっていることが多いのです。決まったパターンのトゥンバオや、基本的なこと以外いっさい難しいことをやらないというのも、サルサの世界ではひとつの美学なのです。

そう言った考え方と極めて対極にあるのがジャズの世界です。ジャズは基本的には「何でもあり」の世界ですから、極端な話、聴衆が踊れようが踊れまいが関係ないのです。演奏者の自由な発想、インスピレーション、即興性が反映されるのがジャズの素晴らしい側面のひとつであり、ラテンジャズにおいても「ジャズ的要素」がいかに反映されるかによって面白味が変わってきます。とは言え、リズム形態はジャズとラテンでは全く違うので、ラテンジャズを極めるためにはサルサのトゥンバオの基礎を十分に理解しておく必要があります。

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ではサルサのトゥンバオをラテンジャズのトゥンバオに発展させる、具体的な方法について考えてみましょう。譜例ー1は、あるコード進行における基本トゥンバオの例です。基本トゥンバオは、2拍目の裏と4拍目のシンコペーションを連続させて作ります。次にこれをいかにジャズの要素で料理するかを考えてみましょう。4ビートのベースラインを作る上で、非常に重要な考え方の一つに「導音」があります。導音とは簡単に言えば、スケールやコードトーンやスケールに関係なく、半音上(または半音下)から目的の音に到達するアプローチノートのことを言います。

この導音をラテンジャズのトゥンバオに、そのまま応用してみましょう。譜例ー2の1小節目の「E」の音は、スケールにもコードにも含まれない音です。Cmのコードからすれば「E♭」になるはずですが、ここで使われている「ミ」は2小節目のコードである「F」に対する半音のアプローチノート、すなわち「導音」です。実際に演奏すればわかると思いますが、導音をこれだけ長い音価で使うと、かなりの緊張感があります。そして次に4小節目を見て下さい。1小節内にDm7、G7という2つのコードがあります。本来は譜例ー1のようなトゥンバオが一般的ですが、譜例ー2では2拍目裏で「D♭」を弾いています。これは次のコードCmに対する導音ともとれますが、ベースがD♭を弾くことによりG7が一時的に代理コードのD♭7の響きになります。

導音や代理コードなどは、ある程度ジャズ理論を勉強していないと理解できないと思いますが、ラテンジャズを演奏するためのは絶対に必要な知識です。トゥンバオとジャズの両方を極めるのは大変ですが、めげずにがんばりましょう!ではまた!

(11月号)温故知新

音楽というのは生ものですから、日々変化しながらいろいろな形に変化していきます。たった一つの「音」でも、時代によって「否定」されたり逆に「絶賛」されたりします。例えばジャズの理論で言う、いわゆるテンションノート(♯11th、♭13thなど)は、今では当たり前に使われていますが、「邪道である。使ってはならん」という時代も実際にあったのです。何か新しい考え方や新しい方法論に触れたときに、時として人は、今までの生活スタイルを変えることを拒みがちになります。しかし、やがて「時代の流れ」という大きな波に飲み込まれて、いつの間にかその中で当たり前のように生きて行くようになります。もちろんこれが、正しいのか間違っているのかと言う判断は出来ませんが、サルサやもっと大きな意味でのラテンの世界でも、このような現象は常に繰り返されています。「トゥンバオ」と言う極めて限られた奏法でさえ、その進歩のスピードにはめざましいものがあります。各プレイヤー達が、お互いにしのぎを削り合いながら、次々に新しいトゥンバオのスタイルを作りだしています。

その中で最も「革新的なトゥンバオ」を作り出しているのがキューバです。最近(ここ2、3年)のキューバ音楽はテクニック、センス共に驚くべき進化を遂げています。もともとテクニックは凄いのですが、トゥンバオの創造力には脱帽です。ただ、一言付け加えると、決してキューバがニューヨークやプエルトリコより優れていると言うのではなくて、キューバでは社会主義と言う国の体制上、マーケット(市場経済)に関係なく作品を発表できるというメリットはあるのです。このことはニューヨークなど自由主義経済の国と最も違う点です。ですからキューバでは思ったことをそのまま表現できるのです。はっきり言ってしまえば、売れようが売れまいがあまり関係ありません。(やってる本人達は売れると思ってますが...。)その中には凄くいいモノもあれば、そうでないものもたくさんあるのです。つまり、「当たり」「はずれ」の差が激しいと言えます。そんな最近のキューバのトゥンバオを紹介したいと思います。

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譜例ー1は、99年に初来日したキューバの若手グループ「チャランガアバネーラ」の曲の中から興味深いトゥンバオをピックアップしてみました。このトゥンバオは専門的に言うと「シンコパオ」という名前が付いていて、キューバではここ数年ちょっとブームになっています。具体的にはシンコペーションの位置とメロディラインを操作して、わざと拍をわかりにくくして聴いてる人を「ドキッ」とさせる手法です。

譜例ー2では同じコード進行で、比較的わかりやすいトゥンバオを作ってみました。☆印で示している部分は、特徴的なトゥンバオの動きです。コードのルート、3度、5度を8分音符で並べています。そして、この動きは小節の1拍目もしくは3拍目から始まっていると言うことに注目して下さい。つまりこの動きは必ず強拍の所から始まると言うことです。逆に言えば、長年このパターンを聴いてきた人にとっては、この動きを聴いたとたんに、そこが強拍であると身体が反応してしまいます。この心理をうまく利用したのが「シンコパオ」です。

譜例ー1の★印のところを見て下さい。トゥンバオの特徴的な動きがなんと4拍目(弱拍)から始まっています。しかも音の並び方が「ソドミ」で、次の小節のコードである「C」の構成音になっています。これによって小節の頭が完全に1拍ずれたように錯覚してしまいます。慣れてしまえば そんなに複雑な事では無いのですが、さすがに初めのうちはかなり戸惑ってしまいます。今回はベースのトゥンバオに ついては解説できませんでしたが、シンコペーションの位置などを確かめながら、譜例ー1,2を弾き比べてみて下さい。きっとなにかが解るはず......。
次回怒濤の最終回へ!

最終回にかえて(2007年記)

思い起こせばこの連載を依頼されたのはもう10年近くも前のことになります。今読み返してみると、随分偉そうなこと書いてるなぁ、と恥ずかしくもあります。その後10年に渡り、様々な現場で演奏活動を続ける中で新たに勉強したことや、理解が深まったことや、間違いに気づいたこともたくさんあり、今ならもっとうまく説明できるのでは?などと思ったりもしますが、この時書いた物はこのまま残したいと思ってます。しかしながら、言葉の意味や用語の解釈は別にして、トゥンバオ考え方については基本的にこの時と変わっていません。演奏者を目指す皆さんにとって、少しでも役に立つ読み物であればとても嬉しいです。何年かあとに「トゥンバオ天国2」を執筆する日が来るかもしれませんが、気長にお待ちください。ではでは。

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